内田麻理香ブログ:KASOKEN satellite

ブログというかお仕事日記というか身辺雑記というか。

今週の本棚『男が痴漢になる理由』書評寄稿

今週の本棚・新刊:『男が痴漢になる理由』=斉藤章佳・著 - 毎日新聞

  毎日新聞の「今週の本棚」に、書評(短評)を寄稿しています。

男が痴漢になる理由

男が痴漢になる理由

 

 痴漢を依存症として治療対象としてきた臨床家の手による書。加害者は性欲ゆえではなく「認知の歪み」により痴漢する。痴漢が嗜癖である、という分析は『アディクションと加害者臨床』にも繋がりますね。

アディクションと加害者臨床―封印された感情と閉ざされた関係

アディクションと加害者臨床―封印された感情と閉ざされた関係

 

  セクハラ、パワハラの加害者は、自己評価が低く、自分を肯定して欲しいがために弱者に対してハラスメントする。そして自覚なく繰り返す。痴漢だけでなくハラスメント加害者が「認知が歪んでいて自己評価が低く、自分を肯定して欲しいがために弱者に対してハラスメントする嗜癖」という研究結果に納得する方は多いかと思います。

 さらに、加害者が「相手もそれを望んでいるから」「正義のため」などと自己正当化しているという研究結果も。

『科学を伝え、社会とつなぐ:サイエンスコミュニケーションのはじめかた』国立科学博物館編(丸善出版)

 ご恵贈御礼。日本国内の、最新のサイエンスコミュニケーションの入門書に相当するでしょうか。

  国立科学博物館(以下、科博)は2006年からサイエンスコミュニケーターの育成に取り組んでいますが、その10年以上の成果を集積した一冊です。科博で開講している講座は「サイエンスコミュニケーション1」「サイエンスコミュニケーション2」がありますが、その双方を修了した「国立科学博物館認定サイエンスコミュニケーター」は今や119名にのぼるとか。

 その講座を通して得られたノウハウが、この1冊にまとめられています。第1部が多様なサイエンスコミュニケーションの概論。第2部が科博の講座で教えられる

・科学を『深める』
・科学を『伝える』
・科学と社会を『つなぐ』

の具体例を中心に、解説されています。

 著者は研究機関、メディア、企業……などなど、さまざまな分野で活躍されているサイエンスコミュニケーターの方々。各々の得意分野でその持ち味を披露するスタイルの本なので、具体的な話題が特に興味深い*1

 サイエンスコミュニケーションの射程範囲は広く、その全てを網羅するのは至難の業です。ただ、本書は「科学知識や情報の伝達、共有」の機能のサイエンスコミュニケーションに特化してコンパクトで読みやすくまとまっており、「そもそもサイエンスコミュニケーションって何?」「なんとなく興味があるんだけど」「とりあえず何か関わってみたい」と考える方々に対する、格好の入門書になるかと思います。より少し知りたい読者には、巻末の参考図書が助けになるでしょう。

*1:贅沢を言えば、それだけに執筆者紹介を巻末にまとめるのではなく、担当した部分の前に執筆者のプロフィールを書いて欲しかったな、と。

毎日新聞『魅了されたニューロン:脳と音楽をめぐる対話』書評寄稿

 毎日新聞の「今週の本棚」欄に、書評を寄稿しています。

今週の本棚:内田麻理香・評 『魅了されたニューロン…』=P・ブーレーズ、J=P・シャンジュー、P・マヌリ著 - 毎日新聞

  現代作曲家であり指揮者のブーレーズ神経科学者のシャンジュー、作曲家のマヌリというメンバーが揃った豪華な鼎談です。

魅了されたニューロン: 脳と音楽をめぐる対話

魅了されたニューロン: 脳と音楽をめぐる対話

 

  異分野同士の専門家の対談や鼎談は、それだけで企画として面白いものの、蓋を開けてみると、そのお題に対して表面をなぞったコメントを寄せるだけで終わってしまうものが少なくないですが。そんな心配はご無用の、見事な音楽と科学の融合を果たした刺激的な鼎談になっています。なにしろ、ブーレーズは科学的視点を取り入れて、新しい音楽制作の展開を目的とするフランス国立音響音楽研究所(IRCAM)を組織した人物で、理詰めで現代音楽を作り続けた巨匠。シャンジューは単なる音楽好きの科学者ではなく、一時期、作曲を習っていたこともある筋金入り。そこに、IRCAMの活動に早い時期から関わり、ブーレーズと父子的な関係を築いているマヌリが加わっているという布陣。

 これがフランスの教養人というあり方なんでしょうか。3人とも音楽と科学以外の教養も深く、哲学や美学の話がバンバン登場します。それだけに、読み進めるのはハードではあります。でも、それがまた衒学的というわけではなく、それぞれの話題が意味を成している。知的にも感情的にも揺さぶられる、楽しい読書体験でした。

 印象的な箇所は多いですが、個人的には「報酬」、「報酬の先取り」に関わる話が面白かったでしょうか。音楽の創造をする者は報酬に導かれ、そして音楽を聴く者は報酬や報酬の先取りによって楽しむ、という。

 ぜひ読んで頂きたい一冊です。

日本経済新聞『ラボ・ガール』書評寄稿

 日本経済新聞に書評を寄稿しています。

www.nikkei.com

 対象本はこちらです。

ラボ・ガール 植物と研究を愛した女性科学者の物語

ラボ・ガール 植物と研究を愛した女性科学者の物語

 

  「いわゆる理系女性の自伝本ね……」というノリで読み始めたのですが(すみません!)、これが良い方向に予想を裏切られまして。著者のキャラクターも魅力的、文章も巧み。『赤毛のアン』のような物語を連想させる作品でした。著者が専門とする植物に関する挿話も楽しい。新たなジャンルの物語を開拓したのでは?

 『赤毛のアン』にせよ、『若草物語』にせよ、当時としては珍しい"職業婦人"(あえてこの言葉を使ってみる)が、自らの体験をもとに作られた小説ですよね。著者、ヤーレンのチャーミングで、ある意味めんどうくさそうなキャラが本の中で七転八倒する様子は、読者として応援したくなります。そして、さわやかな読後感。

 全米でベストセラーになり、数々の賞を受賞したのも納得の作品です。この手の「面白いから読んで!」的な作品を書評したり紹介するのって難しいですね……。自分の力のなさを、つくづく感じました。とにかく、全力でおすすめです。

毎日新聞『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』寄稿

 毎日新聞に書評を寄稿しています。

今週の本棚:内田麻理香・評 『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』 川添愛・著、花松あゆみ・絵 - 毎日新聞

働きたくないイタチと言葉がわかるロボット  人工知能から考える「人と言葉」

働きたくないイタチと言葉がわかるロボット 人工知能から考える「人と言葉」

 

  イタチが主人公の可愛いおとぎ話、きれいな装丁とイラスト、ユーモラスな筆致。なまけものでありながら(だからこそ)魅力的なイタチたちの言動に引きこまれて、すらすら読めますが、「人工知能にはなぜ私たちが使う自然言語処理が難しいか」が説明されているというお得な本。おすすめです。中学高校生にもぜひ!

 本書は寓話仕立てで、機械による自然言語処理を説明するサイエンスライティング本の範疇に入るのでしょうが、このような形式の場合、肝心の物語が面白くないと興ざめですし、実際そのような解説書、啓蒙書は少なくない(ただマンガにしただけとか。いや、これ自分にもブーメランが飛んでくることは承知の上で……)。こちら本の場合は、サイエンスの啓蒙書という要素を取り払っても、ひとつの作品として完成度が高い。

 言語学者である著者の川添愛さんは、過去に

精霊の箱 上: チューリングマシンをめぐる冒険

精霊の箱 上: チューリングマシンをめぐる冒険

 

 

 などを著しています。こちらは、ファンタジー小説という体裁で言語学を扱っています。作家としての川添さんの今後の作品も楽しみです。

毎日新聞『ユリイカ』7月号 雑誌評

 毎日新聞に『ユリイカ』2017年7月号のマガジン評を寄稿しています。

 棋士を引退したばかりの加藤一二三九段、「ひふみん」特集。私がかつてなりたかった職業が女流棋士で、家で将棋教室を開いていた父に憧れたものの、その父に匙を投げられ今に至ります……。 そんな私も、藤井聡太四段の快進撃による昨今の将棋ブームにのって、ネットで詰将棋などしています。

 数々の歴史を塗り替えた天才、加藤一二三を知ると今の将棋もさらに面白い。ひふみんの歴史を追うことは、昭和の将棋の歴史をなぞることになるんですね。

『中央公論』8月号 掲載

 『中央公論』8月号の特集「日本語は生き残るか」の「英語を勉強しなくてもいい時代がやってくる?」、隅田英一郎氏の聞き手をつとめました。

中央公論 2017年 08 月号 [雑誌]

中央公論 2017年 08 月号 [雑誌]

 

  機械翻訳の第1世代、第2世代、そして人工知能ディープラーニングを利用したいまの第3世代。今のGoogle翻訳、驚くような精度で翻訳できるようになりましたよね。その変遷を、それぞれの仕組みとともに伺いました。隅田さんの説明、非常に明快でわかりやすい。

 2020年の東京オリンピックに照準をあわせ、おそらく私たちが予想している以上に機械翻訳が進歩を遂げていることに驚くかと思います。「英語を勉強しなくてもいい時代がやってくる?」の答えは本誌にて。簡単な翻訳は人工知能に任せ、その労力をより生産的な方向に使える日は目の前のようです。