内田麻理香ブログ:KASOKEN satellite

ブログというかお仕事日記というか身辺雑記というか。

【追記あり】「やりがい搾取」のトラップ

   サイエンスコミュニケーション界隈は「やりがい搾取」の罠が多い(と思って、某所に書いたら他の色々な業界にも同じような問題があるようですね、というわけでこちらでも書いてみます)。

 最近もこんなことが。某科学フェスティバルの賞の創設と審査を、主催者から頼まれてお引き受けした のですが、諸経費はもちろん、副賞まで自己負担とのこと。懇親会会費も(これは出なきゃ良いのですが)。
 その科学フェスティバル自体は良くできていて面白かったのですが、私が「諸経費ぜんぶ自己負担ですか? せめて副賞は主催側が用意すべきでは? これはサイエンスコミュニケーションによくある『やりがい搾取』ですよ」とメールで伝えたところ、お相手は問題に気づかないらしく「今までと公平を期するためにそれはできません」「手弁当ですので」「この賞は作りたい人が作る賞ですので(いえ、私は頼まれたのですが……)」という趣旨を貫くご様子。これ以上関わっても、と思い、授賞式も欠席することにしました。ただ、私が顕彰した企画は文句なしに素晴らしいものだったので、その人たちには申し訳ないことをしました。
 企業や研究機関にとってはいいPRになるので良いでしょう。でも私には自腹で15,000円くらい払うだけの見返りはありません。そして、この科学フェスティバルは「やりがい搾取」でどんどん伸びて行ったのだな、と。地元の大学や企業と公金を集め。あと、個人で賞創設した人が1回限りで辞めているケースが多い理由もわかった気がする(たぶん、同じように頼まれたんだろうな)。

 企画などを相談している場面で、人手の話になり「サイエンスコミュニケーター養成講座修了生で、現在主婦の人とかたくさんいますよ」的な発言を耳にしたりするのですが、あれは正当な対価を払っているのだろうか。これも「もし」やりがい搾取だとしたら、
・公金を使ったサイエンスコミュニケーター養成の制度を否定?
 (対価を支払うほどの価値がない)
・プロ意識のない人を上手いこと利用?
などなど、考えてしまうのですね……。
 サイエンスコミュニケーターは「職能」であり「職業」ではない、という言い訳があちこちで聞かれるようになりました。職業として(半分足抜けしていますが)やっている、しかもフリーランスでやっている者としては、「やりがい搾取による悪循環」を止めたいと思っている。やりがい搾取があると、その育っていこうとする業界の価格破壊になります。プロ意識が低いために「やりがい搾取」に乗っかる人も同じく。

 高校に出張授業に行くある制度も、謝金の区分が「学部長以上」「教授」「准教授以下」「その他」*1 で、私の場合はどこにも入らないので「その他」になるわけです。大学の教員は場合によっては日当が出るところもあるのに、基本給のないフリーランスは移動の時間も含めてください……ってところなのに視野に入っていない。
 大学などの規定もいろいろある。ただ、今までお仕事を受けたほとんどのところは、そのできる範囲の中で目一杯努力してくれたり、使える便宜をはかってくれて、またその他で「感謝」の気持ちを伝えてくれたりするので、気持ちよくお仕事することができました。
 ただ、某大学でのひどい事例もありましたが。いろいろ書類を書かされた上に(履歴書だけでなく、著作一覧とか)、最終的に出てきた書面が「学生のティーチングアシスタントの時給表」。大学をお相手に仕事したことは何度かありますが、これはない。さすがにない。だって「サイエンスライター」ということを証明するために著作一覧作らせたんですよね? この手の書類書いている時間はつまりただ働きになるんですよ? まあ、この場合は単にその事務をやった人がダメだっただけなのですが(大学全体が悪いわけではない)。

 無料でも安くても自腹切っても、自分で勉強になると思ったり、意義があると思ったらそのお仕事は受けています。でも、そうでないものは「やりがい搾取」としか思えません。
 単に金にがめついと言われようが、一匹狼としてはこうしていくしかないですし、現に私は一歩外に出れば正当どころかそれ以上の対価を頂いています(ありがとうございます)。そして、この「やりがい搾取」の悪癖を断たなければ、この(公的機関やそれに近い)サイエンスコミュニケーション界隈の未来はないでしょうね……。
 よく勘違いされるので、誤解のないように書いておきますが、私は公金で「サイエンスコミュニケーター養成」教育を受けたことは一度もありません。

 「やりがい搾取」系の仕事、気づくのが遅い私こそ、いまだに学習していないと反省しています。
 ただ、教訓としては。最初に価格提示しないところ、「地元だから」という理由で安易に依頼してくるところ、あと「おともだちだから」と引き受けさせるのは気をつけないといけない。3つめは人間関係壊れますから*2

【追記】
もともと「やりがい搾取」という言葉は、本田由紀さんの作られた用語のようですね。不勉強にして知らず、異なる文脈で使ってしまいました。失礼しました。ただ、雇用関係にある、なしにも関わらず、立場が弱いものに対して搾取するという構図は変わらないとは思っています。

*1:それに対応した、会社の部長、課長クラスとかもありますが……正確なところは忘れました。

*2:「おともだち」でも、まともな人はまともな手続きで仕事として依頼してくれます。