内田麻理香ブログ:KASOKEN satellite

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朝日新聞「論壇委員が選ぶ今月の3点」5月

 朝日新聞の論壇時評の欄で、「論壇委員が選ぶ今月の3点」が掲載されました。

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私が選んだ〈科学技術〉の3点は以下の通りです。メモとともに紹介します。

柘植あづみ「ささやかな欲望を支える選択と責任」『思想』5月 

  特集は「生殖/子ども」。これは、卵子提供(他人の卵子を提供してもらい、自分のパートナーの精子体外受精させ、受精卵が発達してできた胚を自分の子宮に入れて妊娠を試みること)で子どもを持った女性たちへのインタビューをもとにした論考だ。子どもを持ちたい、という人びとへの切実な欲求をかなえるため、代理母、AID(非配偶者間人工授精)など、さまざまな技術が、法整備が整わない状況のうちに利用されている。例えば、卵子ドナーを選ぶことそのものも倫理的問題を抱えている。本論考は、当事者たちがその行為を正当化する様子、そして子どもに真実を話すことをめぐる悩みなど、生殖医療技術の抱える諸問題を浮き彫りにしている。

 この論考では触れられていないが、今後は卵子提供で生まれた子が、法律上の親子問題に直面すること、既に問題視されている嫡出AID子が抱えるアイデンティティを巡る苦悩などの課題も生じうるだろう(『科学の不定性と社会』 (本堂ほか 2017) 参照 )。

 

科学の不定性と社会―現代の科学リテラシー

科学の不定性と社会―現代の科学リテラシー

 

 

生殖医療技術に限らず、社会に受容される(されてしまう)科学技術を考える際の、大きな問いとなっている。

細田千尋「「男脳」「女脳」は存在しない"女は数学が苦手"は科学的に間違いである」『PRESIDENT WOMEN』2019年5月13日

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 認知神経科学者である著者が、「「男脳」「女脳」の観点でものを見ること」は、社会的にも科学的にも間違っていると指摘する。「女は数学が苦手」という、ステレオタイプ脅威、そしてジェンダーギャップ指数が、トップレベルで活躍する女性の数が少ない結果をもたらすとする。 「男脳」「女脳」で語る「ニューロセクシズム(神経性差別)」の問題は、

「妻のトリセツが説く脳の性差 東大准教授は「根拠薄い」」『朝日新聞』2019年4月7日

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でも取り上げられている。

 この手の言説の根拠となる科学研究は否定されたり、その再現性が疑われていたりするものが多い。また、科学そのものが「男女差はある」という思い込みを持って研究が進められ、性差別の助長に加担してきたという研究もある(アンジェラ・サイニー著、東郷えりか・訳 『科学の女性差別とたたかう』作品社(2019))。

 

kasoken.hatenablog.jp

  現時点の科学で「脳には男女差が存在しない」との結論を出すことはできない。しかし、あったとしても世間で流布している「科学『らしい』解説」は、脳の性差を強調し過ぎており、その思い込みが現実のジェンダーギャップを生んでいると考えられる。

梶田隆章・緑慎也「このままなら「科学技術立国」は崩壊する 「選択と集中」の競争主義が研究をダメにする」『文藝春秋』6月号

 ノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章を、科学ジャーナリストである緑慎也が取材した。運営費交付金を削減し、競争的資金で充填する方針を打ち立てて大学を運営してきた政策は、日本の科学技術のみならず、学術全体を先細りさせた。学術論文の量と質の低下、若手研究者の困窮(高学歴ワーキングプアなど)の原因にもなっている。既にその問題は各所で言い尽くされている。しかし、いまだに「選択と集中」の政策が採用し続けられる状況下、データも交えその問題点を列挙した、この包括的な記事には価値があると考える。