内田麻理香ブログ:KASOKEN satellite

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毎日新聞「今週の本棚」書評掲載『近代科学のリロケーション』

 本日の毎日新聞に書評掲載です。

今週の本棚:内田麻理香・評 『近代科学のリロケーション −南アジアとヨーロッパにおける知の循環と構築』=カピル・ラジ著 

対象本はこちら。

近代科学のリロケーション―南アジアとヨーロッパにおける知の循環と構築―

近代科学のリロケーション―南アジアとヨーロッパにおける知の循環と構築―

 

 科学革命以降の近代科学を、西欧中心主義でもなく、地域主義でもなく「帝国主義時代は支配/被支配の関係にある人々が協力し合って新たな知を作り上げ、循環していた」という立場で、多様な実例を交えて書かれた本。著者がインド出身、現在はフランスで教鞭をとっている立場だからこその視点でしょう。まんまSTS科学技術社会論)、科学コミュニケーションの参考書でございました。

 近代科学とはいえ、そのカバーする範囲は広く、植物学、地理学、測量調査に止まらず、言語学、法学、公共政策の事例を取り上げています。

 今回、書評では印欧語(インド・ヨーロッパ語)の発見者で言語学者として名高いウィリアム・ジョーンズ(実際は法律家でした)の話に焦点を絞りましたが、他の章もいずれも興味深い。19世紀後半のトランスヒマラヤ中央アジアの調査では、インド人調査がチベット僧をよそおい(正体がバレてしまうと速攻殺されてしまうという危険な任務)、歩数計、六分儀、磁気コンパスなど時代遅れの技術を使って、正確で信頼できる地図を作り上げた下りもエキサイティングです。

 ただ、著者も書いているとおり、これらの事例が「近代科学」として一般化するのは難しいでしょう。さらに、帝国側と植民地側の「対話」で新しい知が生まれ、環流されたといっても、対話の場に持ち込むのは当然のことながら支配/被支配という関係があったから可能であったこと。そして、対話の相手もお互い「知識人」同士に限られていたこと。これはかなり重要なポイントではあると思います。

 とはいえ、異なるコミュニティに属する者同士で、知識創造の場をデザインするという観点に立った場合、示唆の多い一冊です。