内田麻理香ブログ:KASOKEN satellite

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毎日新聞・書評『見てしまう人びと:幻覚の脳科学』

 11月16日付の毎日新聞の「今週の本棚」にオリヴァー・サックス著『見てしまう人びと』の書評が掲載されました。

見てしまう人びと:幻覚の脳科学

見てしまう人びと:幻覚の脳科学

 
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 今週の本棚:内田麻理香・評 『見てしまう人びと−幻覚の脳科学』=オリヴァー・サックス著


 最初、NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)"OPEN SPACE 2014"展で体験した、大きな耳を持ったキツネの話を導入にしようかと思ったのですが。これは、真っ暗な無響室(音の反響がない部屋)の中にひとりで入り、ヘッドフォンで音を聞いていると不思議な感覚に襲われるというメディア・アート。感覚遮断によって、人工的に幻覚を作り出すというもの。実際、私は数分間しか経っていないのに、背中や肩を誰かに触られるような幻覚を体験しました。あれは怖かった……けど、面白かった。ただ、その何ともいえない体験談を表現できず、書いては消し、書いては消しの繰り返しののちに断念したのでありました。
 他の人に伝えるのが難しい幻覚体験を、生き生きとしたリアリティのある筆致で文章にできる、オリヴァー・サックスの才覚はやはり素晴らしいものだと痛感。この本の読みどころはたくさんあるのですが、サックス自身の薬物の体験談(かなり溺れていましたな、彼は……やばいレベルで)は必読かと。でも、これを強調して書いたら公共の新聞に載せるのはまずいのではないかと、自粛しました。

 というわけで、冒頭と締めに、今回は『源氏物語』の「幻」の巻を使いました。考えてみたら、『源氏物語』は幻覚体験と思われる描写があれこれありますね。特に、六条御息所が葵上に嫉妬のあまり取り憑く場面など。六条御息所の離脱体験、幻臭(祈祷のときに使う芥子の実のにおいが、髪を洗ってもとれない)など。「この描写は、ある種の幻覚として解釈できるのでは?」と思って読み直すと、各種文学作品や芸術作品が面白いと感じられるかもしれない。

 視覚を失った人が、幻視を見るという「シャルル・ボネ症候群」があるという。聴覚に関しても同じように幻聴を聞くという事例があるとか。そこですぐにベートーヴェンを連想した。聴覚を失ったと言われるベートーヴェンは、何らかの音楽幻聴があったのではないか? とまで思ってしまう。このような研究とかあるようでしたら、ぜひ教えて下さい。