内田麻理香ブログ:KASOKEN satellite

ブログというかお仕事日記というか身辺雑記というか。

日本経済新聞:書評寄稿『ヒトはどこまで進化するのか』

  本日の日本経済新聞の朝刊に、書評が掲載されています。

style.nikkei.com

 対象本はこちらです。

ヒトはどこまで進化するのか

ヒトはどこまで進化するのか

 

  生物学の大家、ウィルソンが高校生向けに書いたウィルソン生物学の集大成。彼の提唱した社会生物学は、「生物学決定論だ」などと言われ、批判を浴びましたが、ウィルソンの立場は決してそうではありません。自然科学も人文科学もそれぞれ役割も方法論も違うけど、お互いに強みがあるから統合していこうではないか、という提案です。邦題は「ヒトはどこまで進化するのか」ですが、原題は"The Meaning of Human Existence" 。ヒトなる存在の意味に迫ろうと挑戦する本なので、原題のほうが内容に近いかもしれません。

 啓蒙主義の時代は、人文科学も自然科学も「自然哲学」という名で一体化していた。それが20世紀半ばから「二つの文化」と呼ばれるようになり、乖離していくようになった*1
 自然科学の知見は数多く得られ、人間がどのような存在なのかも、心理学や認知科学等でわかるようになってきた。ただ、自然科学で解明されたからといって、そう「すべき」と単純に考えることはできない。この「自然科学の誤謬」を、本書の解説で長谷川眞理子氏が丁寧に書かれています。

 そこで、科学的知見を取り入れつつ、人文科学がこれまで多様な発展を遂げてきたように新たな展開をしていくことが、ヒトの新たな進化であり、生きる意味ではないかとウィルソンは説くわけです。つまり、自然科学と人文科学の協働。

 書評にも書きましたが「自然科学は私たちを救ってくれない『冷たい』学問だと感じる人も、人文科学を『役に立たない』と考える人にも手にとってほしい一冊」です。

*1:本文中では触れられていませんが、C.P.スノーの『二つの文化』のことですね。

日本民間放送連盟賞/2016年(平成28年)入選作品:発表

 日本放送連盟賞(2016年)の入選作品が発表になりました。

表彰番組・事績 | 一般社団法人 日本民間放送連盟

 私は引き続き、テレビ教養部門の審査員を務めさせていただきました。最優秀作品、優秀作品は以下の作品です。

最優秀
『ノンフィクションW 撮影監督ハリー三村のヒロシマ ~カラーフィルムに残された復興への祈り~』 WOWOW
優秀
『廃校はアカン!~熱血“ホンマちゃん”、北星余市高に生きる~』 北海道放送
『SBCスペシャ長者原騒動記』 信越放送
『人生フルーツ ある建築家と雑木林のものがたり』 東海テレビ放送
和風総本家 日本という名の惑星・パラオ編』 テレビ大阪
『じいちゃんの棚田』 テレビ愛媛
『いのちを伝える~元食肉解体作業員の挑戦~』 熊本県民テレビ

 いずれも見応えがあり、初めて知ることも多く、教養部門に相応しい作品でした。おめでとうございます。

 個人的に一番印象的だったのは、熊本県民テレビの『いのちを伝える~元食肉解体作業員の挑戦~』でした。元食肉解体作業員の方が優れたコミュニケーターとして、「肉をいただくということ」だけでなく、自分たちの職業への差別という現状も伝えているという点。よく番組内で職業差別の問題まで切り込めたなあと。
 「食肉解体の仕事が差別されていると知らせることは、むしろ差別を顕在化させてしまうだけではないか」という(元)同業者たちからの懸念もあったみたいですが、差別があることを伝えなければ、差別の問題もなくならない。実際、少しずつではあるようですが、周囲の目が変わってきたと番組内でも語られていました。

 昨年も書いたのですが、地方局でこのような良作が作られているのに、一部の人しか見ることができないのはもったいない。有料でも良いので、ネット配信してくれると良いのにとつくづく思います。

 

『オレンジページ』2016/10/2号「暮らしのトリビア劇場」監修

  雑誌『オレンジページ』2016年10月2日号のコーナー、「あななたち、まだ知らなくって!? 暮らしのトリビア劇場」で、監修という形で協力させて頂きました。 

 8月17日号に続き、2回目です。

kasoken.hatenablog.jp

  今回のテーマは、「私の美しいいか刺しをお食べあそばせ」です。今回、「高飛車お嬢様」の指導にあたるイケメン執事は、体育会系の「料理執事」だそうな。毎度、マンガが面白いので、回答も含めてぜひご覧下さいませ。

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 今号のオレンジページは、一冊まるごと『「家飲み」バイブル』で、それに合ったコーナーの内容になっています。しかし、この号……おいしそうなレシピだらけで、目に毒です。

 

毎日新聞「今週の本棚」書評掲載『近代科学のリロケーション』

 本日の毎日新聞に書評掲載です。

今週の本棚:内田麻理香・評 『近代科学のリロケーション −南アジアとヨーロッパにおける知の循環と構築』=カピル・ラジ著 

対象本はこちら。

近代科学のリロケーション―南アジアとヨーロッパにおける知の循環と構築―

近代科学のリロケーション―南アジアとヨーロッパにおける知の循環と構築―

 

 科学革命以降の近代科学を、西欧中心主義でもなく、地域主義でもなく「帝国主義時代は支配/被支配の関係にある人々が協力し合って新たな知を作り上げ、循環していた」という立場で、多様な実例を交えて書かれた本。著者がインド出身、現在はフランスで教鞭をとっている立場だからこその視点でしょう。まんまSTS科学技術社会論)、科学コミュニケーションの参考書でございました。

 近代科学とはいえ、そのカバーする範囲は広く、植物学、地理学、測量調査に止まらず、言語学、法学、公共政策の事例を取り上げています。

 今回、書評では印欧語(インド・ヨーロッパ語)の発見者で言語学者として名高いウィリアム・ジョーンズ(実際は法律家でした)の話に焦点を絞りましたが、他の章もいずれも興味深い。19世紀後半のトランスヒマラヤ中央アジアの調査では、インド人調査がチベット僧をよそおい(正体がバレてしまうと速攻殺されてしまうという危険な任務)、歩数計、六分儀、磁気コンパスなど時代遅れの技術を使って、正確で信頼できる地図を作り上げた下りもエキサイティングです。

 ただ、著者も書いているとおり、これらの事例が「近代科学」として一般化するのは難しいでしょう。さらに、帝国側と植民地側の「対話」で新しい知が生まれ、環流されたといっても、対話の場に持ち込むのは当然のことながら支配/被支配という関係があったから可能であったこと。そして、対話の相手もお互い「知識人」同士に限られていたこと。これはかなり重要なポイントではあると思います。

 とはいえ、異なるコミュニティに属する者同士で、知識創造の場をデザインするという観点に立った場合、示唆の多い一冊です。

「C&Cユーザーフォーラム&iEXPO2016」特別講演・コーディネータ

 11月2日(水)に東京国際フォーラムで開催される、NEC主催の「C&Cユーザーフォーラム&iEXPO2016」の特別講演「複雑化するリスクから社会を守る—2020年、さらにその先の安全・安心な都市」のコーディネータをつとめます。

uf-iexpo.nec

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 大きな国際的イベントの開催を控える大都市東京。より一層多様化、複雑化するリスクに対し、2020年、さらにその先の都市のレジリエンスを考え、危機管理の方法について探ります。

登壇者:
・公益財団法人東京オリンピックパラリンピック競技大会組織委員会 理事/チーフ セキュリティ オフィサー
 米村 敏朗氏
・公益財団法人 公共政策調査会  研究センター長
 板橋 功氏
NEC 東京オリンピックパラリンピック推進本部 本部長
 鈴木 浩氏

モデレータ

サイエンスライター
 内田 麻理香氏

 ウェブサイトから登録ができます。興味のある方はぜひよろしくお願いします。

「C&Cユーザーフォーラム&iEXPO2016」の2日間全体の講演、セミナーはこちらです。豪華だ。

uf-iexpo.nec

人工知能は人間を超えるか?: 講演・セミナー | NEC
 では、羽生善治氏と松尾豊先生の競演ですか。これは私も拝聴したい。

 当日お目にかかる皆様、どうぞよろしくお願いします。

『オレンジページ』2016/08/17号「暮らしのトリビア劇場」監修

  雑誌『オレンジページ』2016年8月17日号のコーナー、「あななたち、まだ知らなくって!? 暮らしのトリビア劇場」で、監修という形で協力させて頂きました。

オレンジページ 2016年 8/17 号 [雑誌]
 

 

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「くもったグラスじゃおいしく飲めないわ!」に対する、イケメン執事の回答は? 本誌の漫画をぜひご覧下さい。

 いわゆる暮らしのコツを教える形式としては、経験豊かな年配の女性が、若い女性に教えるという設定が多かったように思えますが*1、このコーナーはひとひねりした設定で笑えます。「高飛車なお嬢様」に、豆知識豊富な「イケメン執事」が教えるというコメディ漫画形式。

 「教える側」「教えられる側」に、ステレオタイプではない多様な設定が増えるのは嬉しいことです。勉強になりました。

*1:科学の場合は、ヒゲのおじいさん「博士」が「助手」(女性である場合が多い)に科学的知識を教える、という設定も未だ健在。

毎日新聞「今週の本棚」マガジン評『MONKEY Vol.9』寄稿

 本日の毎日新聞の「今週の本棚」にマガジン評(雑誌評)を寄稿しています。対象の雑誌はこちら。(麻)の一文字署名が入っています。

MONKEY Vol.9 短篇小説のつくり方

MONKEY Vol.9 短篇小説のつくり方

 

 『MONKEY』は、翻訳家(元東京大学教授)の柴田元幸氏が編集責任をしている雑誌です。前々から面白そうとは思っていたのですが、今回、ようやくじっくり読むことができました。

 特集は「短編小説のつくり方」とありますが、短編小説のつくり方指南ではありません。柴田さんが「『不思議な短編小説のつくり方をする人が、この世にはいるもんだなあ』という思いを形にした」と前書きに書いてあるとおり。グレイス・ペイリーというユダヤ系ロシア出身・米国在住の作家を、村上春樹氏の訳で紹介し、柴田氏による村上春樹のインタビュー(相変わらずこの二人は息が合っている!)、そしてその他の執筆陣を通して「短編小説の奥深さ」をこれでもか、と魅せてくれています。

 初めてグレイス・ペイリーの短編を読んだのですが、次の一文が予想もつかない方向に飛ぶ、主語が誰かわからなくなる……(『この「祖母」ってだれのこと?』)というわけで、行きつ戻りつ読んでいたのですが。リズムがつかめるようになるとハマる。
 特別な出来事を書いているわけでもない、特別な人を登場人物に出しているわけでもない。でも、結果的に独特な短編小説になっている。まさに不思議なつくり方をする作家です。
 ペイリーが出自、家族や友人との強固な繋がりから、これらの小説が生まれているというのもまた良い。ついつい、ペイリーの短編集も買ってしまいました。

人生のちょっとした煩い (文春文庫)

人生のちょっとした煩い (文春文庫)

 

  ペイリーは寡作で、出版した書籍は3冊。そのうち2つが村上春樹訳で日本で出版されており、もう一つが

最後の瞬間のすごく大きな変化 (文春文庫)
 

  こちらの本になります。

 この雑誌がなかったら、ペイリーの短編小説を読むことはなかったかもしれません。ありがたい出会いに感謝。この号に載っているペイリーの短編小説、エッセイ、インタビューは全て村上訳。村上春樹氏は、本人の小説やインタビュー集もそうだけど、翻訳に関してもハイテクだなあとつくづく思い知る。別人が書いている(訳している)ように見えますからね。

 それにしてもこの『MONKEY』という雑誌、他の寄稿している方々も豪華だし(写真、イラストも)、贅沢な雑誌です。何より、編集長の柴田さんが一番楽しそうなのがよーーーくわかる。ご機嫌さがこちらにも伝わってきます。